2010年10月17日

昔話P・・(日)

私は18歳で上京して、1年間は学生寮に入りました

門限が夕方7時で、始終遅れては舎監の先生に怒られていました
私は勉強がしたく入学したのではなく、東京にあこがれてのことなので
授業が終ってからがうれしくて、あちこち徘徊していたのです
いくら40年前とはいえ、7時の門限はひどいですよね

私の関西弁も先生には、ひどく下品に聞こえたらしく
《てこなさんは、どんなご家庭でお育ちなの 💨 》と
箸の上げ下ろしにも、チクチクお説教され

はじめて、イジメなるものを経験しました😖
図太いてこなも、ちょっといじけた1年でした

まぁ、翌年には、親をうまく言いくるめて寮は飛び出しました

前おきが長くなりましたが、その寮で唯一優しくしてくれた
1年先輩の修子さんとは、今もずーーーとおつきあいさせてもらっています

修子さんも、よく学校はサボるし、遊び人間です
そのくせ要領よくて、非常口からこっそり入ったり(仲間に内鍵を開けさせてたと思います)
舎監の先生には、うまく付け届けしているようで、私にはうらやましい華やかな存在でした

今は郷里の福島に帰っておりますが
毎年りんご・柿・お米など送ってくれて
私には、ありがたい先輩です

私が乳がんになった同じ頃、修子さんのだんな様も肝臓がんの手術をしました

その後、肝臓がんが再発して、東京の病院と福島を行ったりきたりの状況なのです

お互いにたまにはメール交換したり、無駄話電話しているのですが

2回くらい軽いメールしましたが、返信がありません

病状を知ってるだけに、再度のメールや電話はどうしてもできません
逞しい先輩ですが、今きっと大変なのだろうと思います


私は自分の病気を最初は誰にも言いませんでした
秘密のつもりが、母も義母も言いまくりで、気づけばみんな知っていて
遠慮しながら、興味津々って感じかな

術後半年過ぎたころから、自分からカミングアウトしました
隠さなくなってからのほうが、肩の力が抜けて楽になりました
ときには、腹の立つこと言う奴いますけどね

自分が公表すると、あちこちから、
実は、わたしも・・・∞うちの亭主が・・・≠ネどと話されることが多くなりました

2人に1人はガンという時代だと、実感します




昼食

里芋と竹輪のバター煮
ごぼうのあみえび和え
冷奴
鯖のカレーヨーグルト焼
つるむらさきの味噌汁

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夕食

JR根室本線厚岸駅前・氏家待合所製かきめし(いい味です、機会があればぜひどうぞ)
揚げだし豆腐
ルッコラのガーリックサラダ
ブロッコリーのポタージュ

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ちょっと退屈・・・・

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posted by てこな at 23:13 | TrackBack(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする