2011年07月10日

(日)

福島県の会津に古くからの友人(先輩)がいます

地震や原発の被害はありませんでした
町(美里)には避難所ができているそうですから、安全なところです


友人はお金持ちで、気前がいいものですから、ずっと数十年にわたり
りんご・見知らず柿・桃・米などを、毎年送ってくれています

この原発騒ぎで
福島って聞いただけで、みんな嫌がるのよね〜
もう、だれにも野菜や果物は送れなくなったよ
と嘆いていました



友人は私の一年先輩で、学生寮で同室だったのですが
とにかく、遊び人で、門限破りの常習犯
門限過ぎると、こっそり非常口の鍵を開けておくように頼まれました
寮は、東京に慣れてない田舎者の集まりで、小心者が多い中で、彼女は異色で魅力がありました
ボーイフレンドもいっぱいいて、うらやましかったです

卒業と同時に福島に帰って、同郷の人と結婚
内助の功を発揮しているようでした
切り替えがはっきりしていて、とにかく、カッコイイ女性です

この友人のだんな様が亡くなられました

6年前に肝臓がんの手術をして、その後再発
3年前には医者から
余命は半年くらい・・≠ニ宣告されていました

薬の副作用がきつくて
宣告されたことを機に、思い切って抗がん剤治療を止めました

お会いしても《この人、本当に病気なの? 》
と思うくらいに元気そうに見えました

会社を経営しているので
自分の死後のことの事務手続き、資産管理
おく様の老後の生活など、精力的に準備していたようです

葬儀場の手配から、弔辞の人選までやってるのよ、
と、友人は笑ってました
そうなんです、笑い話しになるほど、末期の病人には見えなかったのです


半年経っても、1年、2年・・経っても、痛がることもなく元気です

3月の地震の時、お見舞いの電話をかけたとき

《地震や津波でずいぶんたくさんの人が一瞬で死んでしまったけれど
うちの人は、死ぬ、死ぬって言われて、もう3年以上なのよ
ずーーーーと死なないじゃないかしらと思うくらい元気なの
世の中、わからないわよね〜》


だんな様は寝込むことなく元気で過ごし
1週間の入院で亡くなられました



亡くなる数日前に、彼女に言ったこと

《急いで来るな  俺のぶんまで長生きしろ 》





昼食

ガーキンチャーハン
パプリカとじゃこの炒めもの
じゃがいもとコーンの中華サラダ
モロヘイヤのスープ

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パプリカとじゃこの炒めもの

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夕食

里芋の煮ころがし
オクラといかのサラダ
残りもの
キャベツの味噌汁
あんず

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こういう顔はどうでしょう

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posted by てこな at 22:52| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする