2018年10月01日

なんか悔しい・・(月)

連れ合いの叔父の49日忌の法要が昨日30日、山形でありました。

連れ合いだけの参列ですが、大型台風がせまってましたから、

よりによって、なんで!!


こういう場合、いろいろ考えて用意や手段を調べるのが普通だと思いますが、

連れ合いは、なんにもやらない、行き当たりばったりででかけました。

案の定、運休、運転打ち切りとテロップが流れ

立ち往生してるだろうな〜

心配というか、言わんこっちゃーないと思っていました。

ところが、つつがなく予定をこなし、普通に夜10時すぎに帰ってきました。

本人自覚がないのですが、うまくかいくぐってるのです。

ちょっと癪にさわる運の良さです。


叔父は穏やかな優しい人でしたから、その功徳かもしれません。



☆ ☆ ☆




今までで思い出に残ったり、感謝している先生は?

ちゃんと名前覚えている先生は?

うーーーん、幼稚園で1人、小学校は2人、中学は3人

それ以降は、ふわふわ生きてきたので、だれも思い出せないわ〜

中学3年生のとき、1年間だけ担任してもらった先生は

半世紀をすぎた今も、声まで思い出せるくらいです。

大西忠治先生で、その後、実践教育で全国的に有名になりました。

私たちを担任したのは、まだ20代のころでした。

校舎の屋上や、丸亀城の頂でクラス全員で歌った

『原爆許すまじ・・・』あの光景はまだ鮮やかで、8月になると必ず甦ります。


先生の教えの中に

『妥協するな!! 慣れあうな!』

『なにかを成そうと思ったら、程よくなんて考えるな!
 踏み込め、やり過ぎくらいでいいんだ。』


これは、今もなにかにつけて折々、私の頭の中で

警報のように先生の声が聞こえます。


大人になってからは、妥協ばかりの意気地のない生き方をして

やり過ぎくらい頑張って主張するようなものもなく過ごしてきました。



貴乃花騒動から、大西先生を思い出しました。

先生も校長や他の穏健派の教師から疎まれて

今ならさしずめ、パワハラ、いじめ、そんなことだったと思えます。

島に左遷されたり、担任もはずされたりして結局
香川県の教師を辞めました。

先生にとって、担任から外されたことが
退職を決意した大きな原因だろうと思います。

その後、本を出版したり、大学の教授になったりしましたから

よかったんだか悪かったんだか・・・


若い頃の先生は周りから

人格問題まであげつらわれて、四面楚歌みたいでした。


教え子の私たちは、辛い状況の先生を見て、わかっていたのに

なにもしませんでしたね〜

自分たちにもなにかできることがあるのではないか?

とも考えなかった。

卒業してからも、ことある毎に自宅に大挙して押しかけて

自分たち中心の話しばかりしていました。





今になって、貴乃花のことを

『どの一門も受け入れることはやぶさかではなかったのに』

『話し合いで解決できたのに・・』

嘘ばっか・・・

後だしジャンケンはずるいよ。


広報部長の大乃国さん、
ケーキ作りが趣味でスイーツ親方なんて円満を売りにしているみたいだけど


なんか陰湿ですよ。



私の偏見、独断で

3悪代官は


栃の和歌、大乃国、安芸乃島


と決定いたします。


贔屓の引き倒し

みたいな乱暴な投稿になりましたが、


貴乃花親方の無念が切ない。



  ☆   ☆   ☆



最近、形勢逆転

雷のほうが強気!!

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夕食


焼きカレー
鰻と牛蒡の柳川風
茸の納豆あえ
グレープフルーツ
ハートランドビール

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posted by てこな at 23:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする