2019年03月21日

はじめまして・・(木)

終活の手始めに、身の回りをシンプルにしよう!!

まず車を売りました。

余分なものをそぎ落として、断捨離の始まりです。


と、本当にそう思っていたのですが


真逆のことになってしまいました。

いろいろ二転三転思い悩みました、
連れ合いを説得するのも、あの手この手で大変でした。


新しい家族が増えました。

栗(くり)、ペキニーズの男の子、4か月です。

どうかよろしくお願いします。

P1630640.JPG


うちの子になった途端、

嘔吐、嘔吐と吐きまくり

雷のことがありますから、夫婦で頭を抱えました。

どうも、環境が変わってのストレスだったらしく

点滴に通い、数日でうちの子になることを受け入れてくれ元気になりました。

今では、乱暴狼藉、わがやの主役を張っています。

一番の被害者は玄で、一日中まとわりつかれ、吠えられ、噛まれていますが、

我慢、我慢。渋い顔ながら栗に付き合っています。

玄の人の好さに感心し、仲良くできそうなのがうれしいです。

P1630511.JPG



先日、実家の母が101歳の誕生日を迎えました。

栗という新しい家族に心が奪われ、帰省したくはありませんでした。

そうはいかないですよね〜

誕生日の日の母はとても元気でした。


100で終わりと思ったのに、予定外だわ

と言い

102があったらどうしましょう

と笑っていました。


ところが、次の日

座って話しているとき急に、目つきがうつろになり

意識が飛んだようになりました。

母と二人だけだったのですが、私は慌ててしまい

お母さん、お母さん ‼ 

抱きかかえて背中をさすりました。

何秒でもない間に母は意識が戻り、普通に会話の続きを始めます。

その日は、私や介護職員の前で何回かそういうことがありました。

主治医の説明では、

意識が戻らなかったら、それが老衰というものです。

それを自然に受け入れるか、救命の積極的方法を希望するかを、確認されました。


母が、もしよびかけても戻ってこなかったら

お母さん、よかったね〜

と喜んであげたいと思いました。


その日から母と過ごす日々は、緊張で息苦しくちょっと耐え難いものになりました。

その後の母は見た目は元気な普通の生活ができています。



それでも、医者は、もうお近いと思います、と。


そばでついているのも、死ぬのを待っているようで

意気地がないけれど、いたたまれません。



施設の方々も、同じような症例はよくあることで

明日かもしれないけれど数か月後かなどいろいろあって

なにかあれば連絡しますから、一旦お帰りになってはどうですか?


甘えることにして、帰宅しました。


帰宅して栗が飛び回るのをみて、

身勝手ながら、救われた感じになりました。


101歳なのでなにがあっても大往生なのですが

心が落ち着きません。




夕食


四種人参の蒸しもの、蜂蜜粒マスタードディップ
ミニ慈姑の揚げ煮
独活の辛子酢味噌
蕗の薹味噌
南瓜と玉葱の味噌汁
デコポン

P1640175.JPG
posted by てこな at 22:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする