2017年02月06日

むかし話30・・(月)

実家の母は、もうすぐ99歳になります。

最近では、同じことを何回もいい、
やたらに頑固で、思い違いをしても認めないし、
物忘れもひどくなっています。

ただ、ずーーーーーと昔の話しだけは
びっくりするくらい、はっきりと覚えているのです。

100歳近くなると、近しい人はみんな亡くなり
昔話しをできる相手もなく、娘の私もそうそう帰省はしないし、
寂しい日々であろうと、気の毒に思っています。


今日の電話で、母が

『あなたおぼえているかな〜。
今日ね、散髪屋の節チャンが、見舞いにきてくれたのよ』
と、うれしそうでした。

近所に住んでいた、私の小学校の同級生です。
今は、母のいるケアハウスの近所にすんでいて、
母を偶然見かけて、声をかけてくれたそうです。


小さい頃、祖父も父も、近所の散髪屋に行っていました。
 
その理髪店は

家でも、まわりでもすっぽん≠ニ呼ばれていて

『すっぽんに行ってくる』は、散髪をしてくるということでした。


そこの娘の節子ちゃんとは、よく一緒に遊びました。



小学校に入学すると、同じクラスになったのです。

先生が、1人1人名前を呼んだとき、節チャンのことを

『大西節子ちゃん』といったので

???

私は生まれつきの出しゃばりですから、


『先生!!この子の名前はすっぽん節子だよ』

って、言ったのです。


そしたら、怒った節チャンが私を突き飛ばしました。


すごく痛かったのですが、家に帰っても

誰にも、このことを言いませんでした。

こども心に、やらかした!! となにかを感じたのだと思います。

その何日後かに、(誰から聞いたのか)祖母から


『その口を糸と針で縫ってやる 💥』 


と叱られて、本当に縫われるかと怖かったですよ。


すっぽんの意味を、父が教えてくれました。

街なかの散髪屋に比べて、月とすっぽんくらい

大西理髪店はヘタクソなので、

近所では、陰で すっぽん≠ニ呼んでいたと。


節チャンは、もうすっぽんの意味を知っていたのでしょう。

月とすっぽん

私が最初に覚えた、ことわざです。


節チャンとは、その後どんな付き合いをしたか記憶にありません。

母を見舞ってくれたなんて・・・ありがたいこと。


彼女は、昔のあの出来事を、覚えているでしょうかね。


  ☆   ☆   ☆


毎日のぞくペットショップにいる猫です。
中央の猫に魅せられています。うちの子にしたい〜
猫は20年くらいは生きますから・・・無理か・・・

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夕食

根菜のグラタン
アスパラ/いんげん/しめじのガーリックソテー
からすみ&大根
絹さやと卵の汁
いちご

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2017年01月28日

むかし話29 授業参観・・(土)

朝の犬の散歩は、小学校の近くを通ります。

お互い毎朝時間帯が同じなので、たくさんの子どもたちから
玄雷は、なでてもらっています。

今日は土曜日なのに、学校付近が賑わって、
子どもたちも、どこか楽しそう〜

授業参観日だそうです。

今のお父さん、お母さんは、ジーパン、パーカー、まったくの普段着なのですね。
自然でいいと思います。


60年以上前から、授業参観はありました。

私が小学2年生くらいのことです。

うちは大家族で、父も母も忙しくて、
運動会、学芸会、保護者会・・・
どれも、ちょこっと顔を出すだけでした。それも、普段着でね。

まぁ、母は、
『私は普段着でも、そこらの人には負けてない』と、見得切ってましたが、

たいていのお母さんがたは余所行き着でおしゃれして、母より綺麗でした。

肩身が狭く、なんだか惨めで、悲しかったです。

なにかのはずみで、祖父に愚痴をこぼしたのだと思いますが、祖父が

『てこなの授業参観は、おじいちゃんが行ってやる。』

ということになりました。

年寄りは嫌だな〜 でも来ないよりましか〜

当日、祖父は授業が始まっても、来ません。

気が気じゃない。


半分くらいのところで、教室の前の戸がガラガラッって開いて

ずかずか、祖父が入ってきました。
山高帽をかぶり、ステッキを持っています。
まるで、チンドン屋ですよ。

『てこなの祖父でございます。孫をどうぞよろしくお願いします』

のようなことを言い、一礼して、そのまま帰ってしまいました。

祖父のために授業は中断されたのです。


あまりの恥ずかしさに、消え入りたい・・

私にも見栄がありますから、泣けませんよ。

多分、照れ笑したと思います。


家に帰ってから、ランドセルを投げ捨て、大泣き、大暴れしました。

さすが祖母も母も同情してくれましたが、肝腎の祖父は

まったく反省の色もなく、自分の非常識をわかっていません。


祖父は遊び人でしたから、始終、祖母がヒステリーを起こしていました。

私の同級生のお母さんと不倫をしていたり、
(これは、その子の家に私が遊びに行ったことを知った祖母が逆上して、
私はひっぱたかれました。なぜだ!!不思議でした。不倫のことは、後々聞かされた話しです。)

家でボヤ騒ぎがあった時も、祖父だけ自分の財布と洋服をかかえて
消火もしないで1人で逃げたそうだし

放蕩者で、自分勝手な人みたいです。




私が今まで生きてきた何十年間には、

人には言えない恥ずかしいこと、つらかったことはいっぱいあります。

それが年月とともに、懐かしく、また、笑えることに変ってきています。


大家族で、喧噪、火宅の家だったのですが、


私の記憶は

寺内貫太郎一家≠ンたいな、人情味あふれた楽しい家族に


塗り替え中


 ☆   ☆   ☆


親戚紹介。

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孫のペット、デグーのレミーくんです。
先日、数日預かりました。
新しい家族? って、玄雷ともに興味津々。

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昼食

塩こん部長の技ありチャーハン
フライド大根&フライド鱈
春菊と帆立の辛子あえ
エシャレットとキャベツの大蒜味噌ドレッシング
豆腐とわかめの味噌汁
りんご

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posted by てこな at 13:53| むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

むかし話28 ・・(日)

今日は節分です

小学校一年生ころの話です
節分の翌日だったと思いますが

先生が《みなさん、昨日お家で、豆まきをした人は手を上げて〜》

多分、ほとんどの子が手をあげた ⤴のでしょう

私は、幼稚園ではやったことがありますが
家でもやるものだとはしりませんでした

うちの家は祖父母、両親、おじ、おば2、居候・・の大家族で
子どもは私だけ

家の中はいつも喧騒状態でした

私なんて、主役になれない邪魔っけな存在です

それに、文化教養には無縁な家だったもので、
私のために、豆まきなんて、とんでもない❗


近所でも、豆まきの声なんて聞こえてこなかったし・・・


《まぁ、てこなちゃんっちはやらなかったの、それはいけませんね
 日本のこういう行事は大切なことだから、おうちの人にも
 先生から、たのんでおきましょうね》

みたいなことを(もちろん讃岐弁で)、みんなの前で言われた

その時の先生の顔、友だちの顔を、今でも思い出せるくらいです

まわりの子が私を見下している・・そんな目を感じました

恥をかかされた 😖

とにかく、消え入りたい・・涙が出そうだった

《豆まきは一生やらないぞ 💢》と心に誓ったくらいです


私の育った時代は、お金にも心にも余裕のない暮らしの家庭が多かったのです

きっと、やらないのに手を上げた子もいたでしょう



私の、幼い頃の恥ずかしかった、悔しかった出来事です



ちなみに、@〜Dまでは、ブログにかきました


@ お弁当が麦ごはんだったこと(幼稚園)

A 入学したとき、平仮名が書けなかったこと
  (かけない子はクラスにたった2人しかいなかった)

B 新品の自転車に混じって、私だけが中古車だったこと(小2)

C デパートのエレベーターが無料だと知らなかったこと(小6)

D 節分のこと(小1)


どれも、今となっては笑えるのにね

 E F・・まだまだいっぱい思い出しそうです


情けない話ばかりになっていますが

もちろん楽しかった、自慢したくなること、頑張ったこともたくさんあります


また、今度聞いてくださいね





昼食

豆腐グラタン
ふきのとうみそ
独活とわかめの和風サラダ
ブロッコリーともやしの味噌汁
あんぽ柿/ブルーベリー

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今日は春を感じる暖かさ、ほっこりしてます

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posted by てこな at 21:17| むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

むかし話27・・(木)

大泣きしている自分に驚いて目を覚ましました

幼稚園のころの夢でした


もう60年以上昔のことですが
今でも、細かいところまで思い出すことができます



私の小さいころは、世の中みんな貧しくて
麦ごはんなんて当たり前でした

家では麦を食べていても、幼稚園に持っていくお弁当には
見栄をはってか、白米の子がたくさんいました

てこな家は、家でもお弁当も麦ごはんです

目立ちたがり、見栄っ張り、舞い上がり者の私は
この麦ごはんが、とても嫌で・・・

家は大家族で、私のためだけに白いご飯を炊くなんてことは考えられない
子ども心にも、言ってはいけないこと。とわかっていました

幼稚園の両隣の席の子が、どちらも白いごはんだったので
なおさら、みじめでね⤵〜


ある時、そのとなりの子が

てこなちゃんのごはん、黒いんだ 😃 ≠チて

聞こえないふりで、しらんぷりしていたら


先生が


○○ちゃん(そういった子)そんなこと言ったらダメだよ
てこなちゃんのお弁当美味しそうじゃないの 


いい先生なんですよね、でも逆に

私、切れちゃったんです 💢



お弁当を床に投げつけて、大の字になって泣き喚いたの


泣いてるうちに、自分でも収拾がつかなくなって

とにかく泣き続けました


きっと、先生も困ってしまったのでしょうね

家から母が迎えにきましたもの


先生や母は私の行動ををどう理解したのでしょうか



我が家は、甘くない❗

その後も麦が米に変わることはありませんでした




成人してから、なにか腹の立つこと、つらいことがあると

《あの時のように、泣きわめき、大暴れできたらいいな 》

と思い出しています


母にこのことをきいたことがありますが

まったく記憶にないそうで

《そんなに麦ごはんが嫌だったら、そう言えばよかったのに・・》と優しいお言葉


本当に言ってたら、きっとぶたれるか、怒鳴られるかだったくせにね



むかし話なんて、た・い・く・つ 〰

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posted by てこな at 19:55| むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

むかし話26 (月)

何気なく、古い日記をめくっていたら
今日は、叔母の25年目の命日でした

父の妹ですが、祖父母やまわりから

〇〇〇(叔母)とてこなは、よく似てる≠ニ言われていました

どこが?・・・

へらこいところ》がです

へらこい とは、讃岐の方言でしょうが

《ずるがしこい》+《いいかげんな奴》って意味になるかな〜


私には叔母が何人かいますが、この叔母が一番優しく楽しい人でした

私が子どものころ、うれしい約束をいっぱいしてくれましたが
(欲しかったものを買ってあげる とか、いい所に遊びに行こう・・・など)

まず、守ってくれたことはありません


てこなちゃん、口はただなんだから、その時だけでもうれしいんだからいいでしょ

子ども心に、納得できました

私は他人にお世辞を言うとき
《口はただなんだから》の、叔母の言葉をいつも思い出します


祖母や母の箪笥から、お金や着物を勝手に持ち出して
ばれると、大声で嘘泣きしていました

叔母の嘘泣きは、みんな知ってることで

また、嘘涙だろ ⚡ ≠ニ祖父に怒鳴られていましたが
私は、みていてとても面白かった 😃


昔は、似ているってことを、不名誉なことと心外に思っていましたが

今は、それも懐かしく思い出します



昼食

炒り卵と韮の酢醤油がらめ
茄子の蜂蜜梅肉あえ
サツマイモとイカの煮もの
蒸しとうもろこし
千六本の味噌汁


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夕食

てんぷらうどん
大豆とひじきの煮もの
ロマネスコの辛味みそ炒め
ミニトマトの大蒜焼き
ブルーベリーの牛乳がけ

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今は、桃がおいしい〜

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2012年01月31日

むかし話25 ・・(火)

先日書いたおもちゃのことから

おもちゃ⇒ミルク飲み人形⇒昔の家族

と、懐かしく思い出しました


祖父母、両親、叔母2、叔父1、従弟1の大家族でした

祖母、母、叔母たちはしょっちゅういがみ合っていて⚡💢👊
文化の香りのかけらもない、火宅でしたよ

私はあっちでも、こっちでも怒られてばかり・・

《悪い子は、サーカスに売り飛ばす 💨》が脅し文句です

サーカスに売られると、体を柔らかくするために毎日酢を飲まされ
玉乗りや、空中ブランコができないと、ムチでたたかれる 😖

そう刷り込まれておりました

ある朝、目が覚めたら寝小便をしていて
《サーカスに売られる 💦》と、恐怖にふるえ
自殺しようかと思ったことがあります
もう、小学生にはなっていたでしょうが

“死ぬ”ことを一応意識したのです
 それくらい、サーカスは怖かったです

その呪縛から今も逃れられず
テレビなどで、サーカスをみると、なんだか涙がでそうになります

成人してから、この時のことを叔母に言うと

《そんなこと言ったかな〜
それに、てこなは、減らず口をたたく生意気な嫌な子だったよ》
と、逆襲されました
 

雑誌は「少女ブック」「少女クラブ」が毎月の楽しみで
松島トモ子さんは、あこがれのスターでした

継母もの、生き別れの母、悲しい物語がいっぱいで
自分を重ね合わせて泣きました


私は

“今の父母は、育ての親で、私の本当の母はほかにいる
きっときれいな優しいお母さんだ
アメリカで大金持ちになっていて、いっぱいお土産を持って迎えに来る”

そんな夢をみていました



小さいころ、あんなに嫌だった家が、いまは何もかも懐かしく

毎日が火事場のような喧しい日々を笑って思い返しています

9人のうち、生きているのは母、叔父、私の3人になりました






昼食

うどん
菜の花のごま油サラダ
夏みかんとわかめの酢のもの
アビオスとヤングコーンのグラタン
いちご

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夕食

せりとえびのかき揚げ
クレソン/貝割れ/油揚げの生姜ドレッシング
オニオングラタンスープ
いちご

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近くのゴルフ練習場で“アルバイト募集”の張り紙が
《招き犬》では、だめですか?

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posted by てこな at 22:44| むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

むかし話24 ピアノの先生・・(木)

年々<喪中につき・・欠礼>のはがきが多くなっている

たいていは、父・・・母・・・と書かれていて
《ご苦労様でした》と、ねぎらうような気持ちで読んでいます

先日は、ちょっと悲しい知らせが届きました


我が家は、長男、長女がピアノ、次男がヴァイオリン
連れ合いはチェロとクラリネットが、すこしできます

私も息子のお下がりのヴァイオリンでドレミくらいはひきます

私の郷里は小さな田舎町でそのうえ、家族は文化・教養とは無縁な人種で
音楽的なものといえば・・
ラジオで聞く、浪花節、民謡、歌謡曲そんな環境で育ちました

ピアノと自家用車がある家は、お金持ちで、特別の家だと思っていました

同じクラスで親がお医者さんの女の子が、ピアノを習っていました

とってもうらやましかった

その子はいつも髪にリボンを蝶々のように結んでいたのですが
こっそり、引っ張っては形を壊していました

今は笑い話のように言ってますが、
その頃は、しんねりと劣等感を持った子だったのです

《大人になったら、ピアノと自動車のある暮らしをしたい》

それが、夢でしたね〜
ピアノなんて触ったこともないのにです



そんなわけで、長男が5歳くらいのとき
ピアノを買いました。
長男はやる気なかったのに、無理やり習わせましたよ

その時、うちに毎週教えにきてくれたのがトンちゃんという
若い先生です
音大を卒業したばかりのお嬢さんで
数年間、長男と、長女をみてもらいました

トンちゃん(先生と呼ぶには若すぎて・・)は
優しくて、丁寧で根気よかったです

その後、私たちは引越しをして
トんちゃんも結婚して

《てこなさんと同じように、私も3人の子供がいます〜》
って、幸せそうな賀状をもらいました


今、家族中が楽器にさわっているのも、
トンちゃんから始まったご縁です

“音楽は楽しい🎵”

そんな明るい先生でした


トンちゃんが、数年間の闘病ののち、今秋亡くなられたそうです


30年前の、トンちゃんとうちの長男と長女の写真です
こんなに素敵なお嬢さまでした
顔だしてもいいよね

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昼食

焼きそば
菜の花のチーズ白和え
カブのジェノヴェーゼ
りんご

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夕食

レンコンのバルサミコ酢炒め
カリフラワーの梅赤ジソ和え
カレー風味のラタトゥイュ
めかぶ
りんご

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カレー風味のラタトゥイュ

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≪強制猥褻≫につき逮捕💥

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2011年10月22日

むかし話23 ・・(土)

最近、、年のせいでしょうか
昔食べた故郷の味を懐かしく思い出すことが多くなりました

連れ合いは山形、私は香川で
思い出の味を共有できませんが
お互いに、食卓では、お国自慢で競っています

彼は、木通とか鰊をみると、いろいろ思い出して
子ども帰りしています


私の子どものときのおやつといえば
カニ(渡り蟹)とかシャコを塩茹でにして
ざるに山盛り、が定番でした

カニは身をきれいに出すのが面倒臭い
シャコは、子持ちしか食べる気がしない

カニの爪とか、子持ちじゃないシャコなど
こっそり捨ててました

今思うと、贅沢でしたね〜


家の前が海だったので
毎日が潮干狩りで、毎朝の汁はアサリです
余ったアサリは佃煮で、夕食にまた出ます
嫌でしたね〜


学校から帰ってからの遊びでは
針にミミズをつけて釣りの真似事をしていました

5〜6センチのフグがよく釣れます
プーッとお腹をふくらませたフグをパンクさせたり

フグは毒を持っているので、決して食べないように
みんな親から厳しく言われておりました

《本当に食べたら、死ぬのかな・・》

みんなで、“猫で試してみよう”ってことになり

それぞれが自分の家で飼っている猫で試しましたが

でも、どの猫もたべません

《生だからだよ 焼いてみよう》

でも食べなかったです

みんなで、がっかりしたことをはっきり覚えています


昔の犬や猫は、本能的に自分を守っていたのですね


てこなもその友だちもみんな怖い子どもでしたよ


先日、実家に帰った時
その時の友人にばったり出会いました

お互い、じいさん、ばあさんです

このフグの話、彼も覚えていました、大笑いです




ボスは、好き嫌いなく何でもたべます
あのフグ、ボスだったら絶対食べてます

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昼食

小松菜とごぼうの黒ゴマ炒め
チェダーチーズとクレソンの生春巻
打ち豆と鰊の煮もの
大根と油揚げの味噌汁

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打ち豆と鰊の煮もの

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夕食

天ぷらうどん
ルッコラと海草のサラダ
アボカド/バナナ/ひじきのサラダ
秋映りんご

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2011年08月15日

むかし話22・・(月)

今日はお盆の中日です

そんなことが頭の隅にでもあったのか
珍しく朝起きても、おぼえている夢をみました

子どもの時にさかのぼっての夢で
昔住んでいた田舎の家の縁側みたいなところで
父、祖父母、叔父や叔母、従兄弟・・・
とにかく死んだ人たち、勢ぞろいです

ワイワイがやがや、わけもなく楽しい

子どものときには、祖父母から
《夢の中で、死んだ人がでてきて一緒に行こうと誘われても、絶対付いて行っちゃあ、ダメだぞ》
と、言われていました

そのことを今も忘れてなかったらしく
楽しいけれど、付いて行っちゃいけないんだ
と、自分に言い聞かせていました

てこなちゃん、一緒に行こう〜≠チて、だれも言わなかった


目が覚めても、映像がくっきり頭に残っていて、不思議な感覚です

父も祖父母も、明るい顔をしていましたので
そんなに、嫌な目覚めではありません

お盆らしくて、いい夢です




この男は、どんな夢をみてるのでしょうか・・

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昼食

ペコロスとそらまめのバター煮
さつまいもと豆腐の蜂蜜がけ
蒸しとうもろこし
サランゴーリョ
しいたけとエノキの味噌汁
桃/マンゴ−

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夕食

チンクヮーチャンプルー
絹さやと豆腐のエビあんかけ
ブロッコリーの大蒜炒め
桃/すいか
おはぎ

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絹さやと豆腐のエビあんかけ

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2011年06月26日

むかし話21 うちわ ・・(日)

今年は節電のせいで、うちわが売れているそうです


昔は、日本のうちわの8割は、香川県の私の育った町で作られていました

ほとんどが家内工業で、家族総出でうちわを仕上げているのです

@竹をうちわの長さに切る

A切った竹をうちわの太さに割り、なめらかに削る

Bその竹をさいて、骨を作る

このあたりまでは、お父さん、お兄さんの仕事かな

C骨を広げて、糸で編む(子どもや、おばあちゃんの役目)

Dうちわの形にして、両面に紙を貼る(お母さんたちや職人さんがよっくやってました)

Eふちをつけて形を整える

私の家は団扇作りには関係なかったので
(そのころは、祖父や父は塩田をやっていました)
この、うちわのできる過程も、ちょっといいかげんなところがあります

小学生のころは、近所のお友だちの家は団扇屋さんが多かったのですが
学校から帰ると、Cのうちわを編むことがこどもの仕事です
50〜100本を編まなければ、遊びにいけません

早く一緒に遊びたいので、私も編みました
ともだちが10本編んでいる間に、私はせいぜい3本くらいですから
たいした手伝いにはなってなかったですね

色とりどり、大きいうちわ、小ぶりのうちわなど
賑やかに乾している風景は、きれいでした


時代とともに、だんだんとうちわが使われなくなって
今はひっそり、寂しい町になりました


うちわ復活のニュースは、ちょっとうれしい



うちで使っている渋団扇です
10年ものです

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昼食

ほうれんそうの卵とじ
青梗菜ときのこのオイスターソース炒め
鯖の冷燻のイタリアンサラダ
さくらんぼ

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夕食

茄子/胡瓜/茗荷の和風マリネ
ひじきと白滝の白あえ
ズッキーニと玉葱のアンチョビグラタン
グレープフルーツとブルーベリーの蜂蜜ヨーグルト
椎茸と小松菜の味噌汁

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神戸に住む、連れ合いの義弟から届きました
勤め人なので、休日農夫です
ダンディなイケメンの義弟が土いじりに嵌まるとは思いませんでした
一年に何回か送ってくれますが、素人なのにたいしたものです
我が家には何よりの🎁です

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幼馴染の太郎くんです
太郎くんは、このところモヤモヤ病にかかったらしく
ガン👀つけたな💢≠チて、あちこちでからんで、やくざ紛いです
おだやかに・・・おだやかにね・・≠ニ、ぼくが教え諭しているところです

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2011年06月19日

昔話20 父の日・・(日)

今日は父の日

1943年(昭和18年)父と母の結婚の日です
お祖父ちゃん、お祖母ちゃんたちはまだきっと50歳前半のはずですが
70年近く前の人は、老けてますね

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私の父は7年前、88歳で亡くなりました

78歳のとき、交通事故に遭い、長く入院したせいで
少し頭がはっきりしなくなっていました

父と母の二人暮らしで、母は優しく介護できるような人じゃないのです
それからの父は、月の大半はショートステーという介護施設で過ごしました
こういう施設にも当たり外れはあるのでしょうが
優しく行き届いた介護しさんに囲まれて、最期まで穏やかに過ごせました
今でも、感謝しています

こういう施設にはいろいろな老人がいます

《お金を盗られる 😖 》と、かばんを抱えて喚く人

介護しの女性の手やお尻を触りたがる💕人

いつも、不平不満をおお声で言い歩くひと💢

介護しの人を始終呼んで、面倒かける人💦

本当にいろいろです


あるとき、介護しさんが

《てこなさんのお父さんは、ドイツに行かれたことがあるんですね〜
先日、ベルリンの壁のお話をしてくれました》

父は、中国(戦時中)以外の外国に行ったことはありません

貧乏人の子沢山の長男でしたから
ずっと働きづめで、学校も尋常小学校くらいでしょう

私の記憶の中の父は
本を読むことが好きで、
新聞は隅からすみまで読み、歴史書とか地図をよく見ていました

父は頭がはっきりしなくなって
空想の世界を現実に経験したことのように思っているのです

《父は、行ったことないのに、ぼけちゃっても見栄張っってますね〜》
と笑って答えておきました

こういうボケ方って、うれしいです


私は今は、自分の恥ずかしいモロモロの性格を
なんとか理性で取り繕っておりますが
頭が制御できなくなったとき、どうなるかと考えると、
品性に自信がありませんので、怖いです
とても父のようには、なれないよ


最近は父を思い出すこともまれになりました






今日のボスは、きれいに決めてみました

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2011年05月27日

昔話R・・(金)

ヤフーの知恵袋の質問コーナーを読んで。

《初デートをして、二人の食事代が2970円でした
彼からじゃ、1500円≠チて、請求されました
自販機のジュースなどは、彼が買ってくれましたが
この請求に、引いてしまった私は、性格が悪いのでしょうか?》


質問が若い人の壷に嵌まっていたのか
この質問にたった1日で200以上の回答です

ほとんどが
〈セコイ男〉 〈ケチな男〉 〈器が小さい〉 
〈引いて当然、あなたは悪くない〉


まぁ、男は散々の言われようでした

相談者は1000円なら納得する?
初デート💕なのに、自分に払わせた 💢と怒ってる?
そのうちに、初デートなのに、こんなに安い店に・・・と文句言うのかな

女性は奢られて当然
男は見栄を張って当然

というのが大体の回答者の雰囲気でした


今の若い女性は十分に強い ❗
どっちかというと、男より強い 👊

こういうときだけ
女、女、女
は、おかしいと思う

こういう問題は、人それぞれだから
セコいと感じたら、いい子ぶって私の性格が悪いのでしょうか
なんて質問しないで、付き合いを止めれば一件落着


昔、昔
若い頃に付き合っていた人と、食堂(レストラン 🍴とはいえない・・)に入って
私はエビフライを、彼は忘れましたが別なものをたのみました
エビは2尾でしたが、わぁ、美味しそう〜 😃1つもらっていい?
って、返事も聞かずに1尾取られた ⤵、代わりに僕のぶんの中からどうぞ・・・
とは言わなかった

その時、割り勘だったのかなぁ・・・ちょっと忘れましたが
たかが、エビですが、相当根に持ちまして、その後すぐ付き合いを止めました

今でも、エビフライをみるたびに、その時の悔しさ 😠が蘇ります
40年経っても忘れない、セコい話です






昼食

ゲソ天うどん
たたき蓮根の大葉あえ
青梗菜の大蒜じゃこ炒め
ピーマンの焼きびたし

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夕食

パープルアスパラとプチトマトのマヨネーズソテー
にがうりのツナ田楽
衣被
千六本の味噌汁

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にがうりのツナ田楽

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過去ボスC
うちの子10日目(生後65日)

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2010年11月26日

昔話Q 今日はいい風呂の日だって・・(金)

残念ながら今日また1ツ年を重ねてしまいました

連れ合いからのプレゼントは「ボス 🐶の首輪」にしてもらいました

前々から、欲しかったのですが、ちょっと高い〜と、躊躇していたものです
今日、注文しました
楽しみ ⤴

娘から、PCにつなぐスキャナーが 🎁届きました
これで、昔昔の写真をPCに保存することができます

ためしにいろいろやってみました


これは70年前の母(むかって右)です

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こっちは60年前、いじけた顔をしているのが私です

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昔の写真を引っ張り出して楽しんでいます





昼食

堅焼きそば
さやいんげんのトマト煮
きのこの中華スープ
パイナップル

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夕食

ぎんなんの旨煮
長芋と舞茸のバターソテー
エリンギーとさやいんげんのオイスターソース
ルッコラとレッドオニオンのチーズサラダ
豆腐と海草の味噌汁
シフォンケーキ

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ぎんなんの旨煮

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秋の匂い・・・

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2010年10月17日

昔話P・・(日)

私は18歳で上京して、1年間は学生寮に入りました

門限が夕方7時で、始終遅れては舎監の先生に怒られていました
私は勉強がしたく入学したのではなく、東京にあこがれてのことなので
授業が終ってからがうれしくて、あちこち徘徊していたのです
いくら40年前とはいえ、7時の門限はひどいですよね

私の関西弁も先生には、ひどく下品に聞こえたらしく
《てこなさんは、どんなご家庭でお育ちなの 💨 》と
箸の上げ下ろしにも、チクチクお説教され

はじめて、イジメなるものを経験しました😖
図太いてこなも、ちょっといじけた1年でした

まぁ、翌年には、親をうまく言いくるめて寮は飛び出しました

前おきが長くなりましたが、その寮で唯一優しくしてくれた
1年先輩の修子さんとは、今もずーーーとおつきあいさせてもらっています

修子さんも、よく学校はサボるし、遊び人間です
そのくせ要領よくて、非常口からこっそり入ったり(仲間に内鍵を開けさせてたと思います)
舎監の先生には、うまく付け届けしているようで、私にはうらやましい華やかな存在でした

今は郷里の福島に帰っておりますが
毎年りんご・柿・お米など送ってくれて
私には、ありがたい先輩です

私が乳がんになった同じ頃、修子さんのだんな様も肝臓がんの手術をしました

その後、肝臓がんが再発して、東京の病院と福島を行ったりきたりの状況なのです

お互いにたまにはメール交換したり、無駄話電話しているのですが

2回くらい軽いメールしましたが、返信がありません

病状を知ってるだけに、再度のメールや電話はどうしてもできません
逞しい先輩ですが、今きっと大変なのだろうと思います


私は自分の病気を最初は誰にも言いませんでした
秘密のつもりが、母も義母も言いまくりで、気づけばみんな知っていて
遠慮しながら、興味津々って感じかな

術後半年過ぎたころから、自分からカミングアウトしました
隠さなくなってからのほうが、肩の力が抜けて楽になりました
ときには、腹の立つこと言う奴いますけどね

自分が公表すると、あちこちから、
実は、わたしも・・・∞うちの亭主が・・・≠ネどと話されることが多くなりました

2人に1人はガンという時代だと、実感します




昼食

里芋と竹輪のバター煮
ごぼうのあみえび和え
冷奴
鯖のカレーヨーグルト焼
つるむらさきの味噌汁

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夕食

JR根室本線厚岸駅前・氏家待合所製かきめし(いい味です、機会があればぜひどうぞ)
揚げだし豆腐
ルッコラのガーリックサラダ
ブロッコリーのポタージュ

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ちょっと退屈・・・・

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2010年08月08日

昔話O 帰省・・(日)

明日から、実家にしばらく行ってきます

私は一人っ子ですが、父に弟妹が多く
こどもの頃は大家族の中で育ちました

ごはん時も、おかずの文句なんか言っていたら
ほかの人に食べられてしまいます
おしゃべりも厳禁で《無駄口をたたかず、さっさと食べろ exclamation 》です

叔父も叔母たちもまだ若くて未婚でしたから、
それぞれに、いろいろ グッド(上向き矢印)バッド(下向き矢印)あったようです
こそこそと秘密めいたにおいがして、こども心に興味津々でした

祖父母の目を盗んで、逢引 ハートたち(複数ハート)するときは
よく、私をだしに使ったものです
私が一緒だと、出かけやすかったのでしょう

私は、飴とかガムを買ってもらって、少し離れたところで
何時間も待たされました
映画館に行ったときは、私だけ離れた席です
それでも、飴やガムの魅力で、祖母には
《○○ちゃん(叔父や叔母の名前)とずっと二人だけだった 決定》と報告します
今なら、偽証罪です

祖父が浮気者で、孫の私のお友だちの母親とも訳ありでしたし
祖母は、すさまじい焼きもち焼きでちっ(怒った顔)
一年中、祖父と息子、娘の素行に目を光らせていました 目目

祖母からはスパイ役に使われたり
あっちについたり、こっちについたり、得なほうに・・・で
祖母はケチでしたから、たいていはスパイしても嘘の報告してました

私が計算高い人間になったのは
こういうことが原因だったのでしょう

それから50年以上経ちました

今、田舎にいるのは母だけです

お盆に里帰りがふさわしく、
お墓の中が大家族です




昼食

桃とアボカドの冷やしうどん
水菜と豆腐のゆず風味サラダ
山形小茄子の漬物
モロヘイヤともずくのスープ

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夕食

山形小茄子の漬物(古釘も入れ明礬も入れ、レシピ通りにしたのになぜか成功しなかった)
里芋の煮ころがし(いくら里芋が好きだといって、時節外れのはどうやってもダメというのがよく分かった)
緑韮と黄韭のじゃこ炒め(緑と黄のちがいがよく分からなかった)
アボカド/水菜/エビの生春巻
鰆の西京漬
栃尾揚げとトネギの味噌汁
ペンフォールズの白

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日が暮れるのが早くなりました・・

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2010年04月05日

むかし話N・・(月)

小学校に入学した頃に一番欲しかったものは、自転車です

祖母が買ってくれることになりました
いっしょに近所の自転車やさんに行くと
ピカピカ ぴかぴか(新しい)の自転車が並んでいて、天にも昇るグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)ここちです

ところが、祖母は(彼女は相当ケチ)
そこに置いてある自転車のなかで一番安く、それも中古を指さして

《きれいな色だね〜 車体もしっかりしてる 手(チョキ)

《てこな、これがいいよね exclamation

今思うと、年増の厚化粧のように、ペンキ厚塗りです

6歳でも、遠慮する心はあって、

これ、いいよ

家に乗って帰ると、みんなが
《いいの買ってもらったね わーい(嬉しい顔) 》と言ってくれましたが
喜びも半ばです

その後、友だちと自転車に乗って遊ぶたびに
新品の中に混じった、私の厚塗り中古車を
ずーーーとずーーーと恥ずかしく思っていました

自分がそんな思いをしたくせに、忘れるんですね
次男には、長男のお下がりの自転車に乗せていました
最近、次男から《お下がりの自転車がとっても嫌だった》と聞きました

因果は巡る 台風 尾車の・・・・か
ちょっと違うかな








昼食

揚げ里芋のピリ辛だれ
インゲンの明太納豆あえ
根三つ葉のナムル
春菊の味噌汁
伊予柑

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夕食

ネギと貝割れの天ぷらうどん
レタスの中華風おひたし
ひじきと湯葉の梅肉煮

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家でウンPできないボスは雨でも散歩です
雨大嫌いなので、ふてくされて歩きません たらーっ(汗)

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2010年03月02日

むかし話M・・(火)

小学校に入学した時には
平仮名の読み書きができませんでした

家は大家族で、ほったらかしに育って
お勉強は学校で教わるものと、だれも教えてはくれません

さて、入学してみると「あいうえお」が書けない子は
クラスで2人しかいません

6歳まで生きた中で、最大 どんっ(衝撃)の恥辱でした

どんな扱いを受けたかは、すっかり忘れましたが

《悔しかった ちっ(怒った顔) 恥ずかしかった ふらふら 》と家に帰って大暴れ 台風しましたよ

その日一日で平仮名の読み書きできるようになりました
後にも先にも、自発的にあんなに猛勉強したことはありません

あの時は頑張ったね≠ニ思い出しては自分を褒めています


それを教訓にして、私の3人の子には
鬼のように、就学前にいろいろ教えました
教育ママゴンです

子どもたちはそれを感謝していないようなので、どっちがいいのか・・








昼食

ソーミンチャンプルー
かぶのたらこ炒め
わさび菜とセロリのサラダ

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夕食

パプリカとニラの甘酢炒め
もずく納豆
じゃこせんべい/はんぺん/ちくわの燻製
うるいの味噌汁

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今日のボス

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posted by てこな at 22:30 | TrackBack(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

むかし話L・・(水)

今は、バナナも玉子も大喜びする子は少なくなりました

私の子どものころは、バナナ 三日月、ゆで玉子 新月、佐久間の缶入りドロップスは
遠足ぴかぴか(新しい)とか運動会ぴかぴか(新しい)でしか食べられない、うれしいおやつでした


小学校3年生の時の話です

先生が
《お家でニワトリを飼っている人はいませんか?》
私がすかさず
《ハーイ、ハーイ グッド(上向き矢印) たくさん飼ってます》

《突然なんだけど、てこなさんちに見に行ってもいいかしら 》

《大丈夫 手(チョキ)、みんな来て、来て 決定

というようなやりとり(もちろん、方言で)がありまして・・・


1クラス50人くらいでしょうか、先生を先頭に行列して私の家に行きました
突然のことで、祖父母はびっくりしていましたが
先生の前ですから、ニコニコ笑って
《わざわざ、ご苦労なことですね、よく来てくれました 》

ニワトリ小屋に案内して、みんなに鶏を触らせたり、えさやりを見せたりして、
帰りには、お土産にみんなに1個ずつ玉子を配りました

先生が
《てこなさんの、お祖父ちゃんにお礼を言いましょう 》
《ありがとうございました 》 の大合唱

私はその日の主役、晴れがましくて 晴れ得意満面です わーい(嬉しい顔)


学校から帰ると、あんなに愛想がよかった祖父母は鬼に変身

《てこなは舞い上がり(お調子者)だから、自分から家に来い、来いと手を上げたに決まっとる 雷
さすが、孫の性格よくわかっています

《大事な玉子を、大損した むかっ(怒り)

夜には、母からも
《あなたのせいで、お祖母ちゃんから怒られた バッド(下向き矢印) 》
と、口をひねられました

お調子もの∞でしゃばり≠フ性格はそれから50年ずっとひきずってます








昼食

赤飯
アボカドと厚揚げのレモン醤油
里芋の和風サラダ
武満徹レシピ納豆(きのこ)汁

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夕食

きんぴらごぼう
セリとベビーリーフのゴマドレッシング
キーウィ・バナナ・チーズの生春巻
舞茸と葱の味噌汁
パイナップル

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可愛く、優しげなボスでしょ ハートたち(複数ハート)

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posted by てこな at 21:27 | TrackBack(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

むかし話K・・月)

小学校低学年のころの話しです

大家族の我が家で一番の道楽者が祖父です
長男の父が仕事の中心で、祖父は名ばかりの家長で遊び人でした

学校で新しいお友だちK子ちゃんができて、帰りにK子ちゃんの家に遊びに誘われました
私は遊びを断ったことはありません
K子ちゃんの家はお父さんは死んじゃって、優しくてきれいなお母さんがいました
お皿に一口大に切ったスイカがでてきました
スイカなんて、我が家では、丸かぶりですから
《上品なお家なんだな〜》とびっくりです
お母さんは私に《◎◎◎(町の名)のてこなちゃんは、おじいちゃんのお名前はなんと言うの?》
と聞かれた


家に帰って、お祖母ちゃんに
《K子ちゃんのお母さんにおじいちゃんの名前きかれたよ》と報告しました
今度は、祖母からKちゃんのお母さんのこと、いっぱい聞かれ
《もう二度と遊びにいくんじゃないよ、お前はおしゃべりなんだから雷》と、口キスマークをひねられた

ここまで書くと、後は想像つきますよね
おじいちゃんの、愛人ハートたち(複数ハート)宅だったのです

きっと、祖母はきつい人ですから、ギュウギュウ祖父を締め上げたことでしょう

普段はやさしい祖父が、誰もいないところで
《どいつもこいつも、女はおやべリで、どうしようもないむかっ(怒り)》と
私の頭をボカンパンチとなぐりました。

この事件に関しては、私はまったくの被害者です もうやだ〜(悲しい顔)








昼食

うどん
ウドと油揚げの薄味煮
大根の柚子風味サラダ

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今日は小雨の中、サブくんとお茶です

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posted by てこな at 23:05 | TrackBack(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

むかし話J・・火)

小学校にはまだ行ってない、5、6歳でしょうか

その頃は、祖父母、父の妹2人、弟1人、父、母、私の家族8人
塩田を委託されていたので、浜子(塩田作業者)も出入りしていて
それはそれは、大所帯でした

みんな一日中忙しく、あちこちで角突合せ、小競り合いです
祖母と母も、始終もめてました


あるとき、父と母と3人で川に蛍を見に行きました
真っ暗な川辺を、父と母が並んで歩き、私はその後ろを歩いていたと思います


《川に飛び込んでバッド(下向き矢印)死のうと言われたらどうしよう もうやだ〜(悲しい顔)

《死にたくないたらーっ(汗)、命だけは助けてくださいと頼もうか、それとも今逃げたほうがいいかな》

真剣に心配していたのです

蛍なんて1匹も飛んでなかった



これは本当に怖い思い出で、今でもその時の夢を見ます
夢の中の私はいつも泣いています


成人してから、父や母に何回もこの夜のことを聞いてみました

父は、蛍を見に行ったことは覚えていて
《○○(母の名)が、ばあさんのことで、ヒステリーでも起してたのかナァ》程度の軽い話

母にいたっては、蛍のことはまったく記憶になく
《あんな浅い川じゃ、死ねないわよ》
《私は死ぬなら一人で死にます、お父さんといっしょなんて、まっぴら》
と、的外れなことを言います


私があんなに怖く、悲しくかったことを
父母は、ほとんどおぼえていない
私の妄想≠ニはどうしても思えないのです

父も亡くなりましたし、母は情緒を解さない人ですから
もう永遠の謎です






昼食

菜の花のたらこ煮びたし
セロリとエビの柚子蒸し
貝割れとサニーレタスのサラダ
カリフラワーの味噌漬け
りんご

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夕食

そば
恐竜の卵風巣ごもりタラモ
生めかぶの柚子風味
ししとうのおかかまぶし

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ビビリ犬ボスの本領発揮
ちょっとした物音で、この顔 目exclamation

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posted by てこな at 21:20 | TrackBack(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする